Mr. Ferdinand Engelbeen

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クロロフィルの委員長:Mr. Ferdinand Engelbeen

     略  歴

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1943年9月15日、アントワ−プ(ベルギ−.フランドル地方)近郊に生まれる。工業高校卒業後、1965年にアントワ−プ工科大学にて工業化学の学士号取得。 兵役の代償として、また世界を見て回るために、三年間船員(機関室)として働く。コ−ラの瓶詰め工場で二年間働いた後、オランダのBergen-op-Zoomにある(ペンキとインクの原料を年間50,000トン生産する)Akzo Nobel Synthetic Resins社のプラントで1970年にプロセスエンジニアとしてのキャリアをスタ−トさせる。

1980年に、急速に大きくなってきたプロセス・オ−トメ−ションの将来性に関心の対象を変え、初めは研究所での研究、のちに現場へと仕事を変える。最初のプロセスラインの自動化は1984年に行われた。1988年にAkzo Nobel社のオランダ・ロッテルダムのプラントに転出した。このプラントは、年間250,000トンの塩素、年間500,000トンのVCM(塩ビの単量体)と年間20,000トンの塩素系除草剤を生産している。現在は、プロセス・オ−トメ−ションの上級プロジェクト・エンジニアとして勤務している。

バイオケミストリ−からエレクトロニクス、あるいは、火山から五大湖の野鳥の生存まで、ありとあらゆる科学と技術に興味がある。長い間、ある園芸生物学協会(VELT)の一員である。(貴重な自然を破壊するでたらめな都市化計画に反対する活動といった)政治活動、社会事業活動や(第三世界でのプロジェクトを持つNGOに資金を集める活動など)第三世界開発に関する地方自治体活動もまた行っている。そして、戦争と核実験に反対する全てのデモに参加している。

小学校の校長をしている、1946年6月30日生まれの、Rita De Meyerと27年以上も結婚生活を送っている。私には、今、英語、地理とラテン語の先生をしている、1971年1月5日生まれの、Greetという名の娘と、地学科で海底地震を専攻した、1973年10月20日生まれの、Annという名の娘の二人の娘がいる。年下の娘は、アンゴラ、カンボジアとボスニアで使われる対人地雷の探知(及び除去)の方法を見つけるため、国連から委任を受けたチ−ムで働きながら、博士号を取ろうとしている。


クロロフィル活動の開始

おおよそ六年前VELTの雑誌に、塩ビ使用に反対する記事が載った。その時持っていた知識で、私たちは手紙で反論した。この手紙はある環境保護団体から、質問範囲を越えたコメントを付けて公表された。

私自身、私の隣人そしてまた私の子どもたちも含む次世代への責任感から、塩素と塩ビに反対する主張について、私は調査を開始した。そして私たちは、次々に意外なことに気がついたのである。

環境保護団体の善意あるボランティアの大部分は、塩素あるいは塩ビについて予備知識をほとんど持ってはいない。そしてその知識を持つ人々でも、特にグリーンピースの幹部は、(グリーンピースと塩素というペ−ジ参照)一度スタ−トさせた反塩素キャンペ−ンの方が真実や環境問題そのものより重大だと考えている(コ−ランのみを信条とするイスラム原理主義者や進化論を否定するカソリック系原理主義者のような)原理主義者である。

調査期間中でも、私たちは既に、新聞に掲載された塩ビと塩素についての偽りの記事に対して反論を行ってきた。別の工場の人々もまたそのようにしてきた。私たちはお互いに連絡しあい、そしてベルギ−の環境税に反対するデモの時に初めて顔を合わせた。この環境税は、ミネラルウォタ−用の塩ビ製ボトルを科学的根拠無し(塩ビとその代替品のライフサイクル比較というペ−ジもまた参照のこと)に、差別したものであった。これがクロロフィル運動の始まりである。クロロフィルの活動というペ−ジを参照して頂きたい。

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このペ−ジは、クロロフィルのペ−ジのレベル1にあります。

創設:1996年3月10日
最新更新;1998年1月24日

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